2005年05月13日

ごめんなさい、ありがとう、、

きのうの漁獲。^^

セイゴ(スズキの小さいの)は、夕方から夜にかけての満潮への潮に乗ってやって来る。
ちょうどそんな潮周りだったので、夷隅河口で夕方ほとんど暗くなるまで4,50回網を打ったら何とか入った。^^;
あー疲れた、、
30cm前後のセイゴ5匹にボラ一匹。
日没の満潮に向けて。

その6時間前の昼の干潮時には貝を取っておいた。
明日からしばらくストリートツアーに出張るので、多めに取っておく。
これ位に2時間かかる。

投網を打って帰ったらもう7時。
その日の食卓にのせるには、まだ生きたままのセイゴを刺身にする事になる。
取って帰ったらすぐ刺身。

おそらく生命の危機には魚も脳内麻薬のシステムが働くのではないか、と思いつつ包丁を入れる。
横では小2の清太郎がボラの鱗を取っている。
生きたまま料理される魚たちを子供達も見る。
魚から血しぶきが出てのたうつ。
娘が可哀想、、と言う。
食事の前に、オレがごめんなさい、ありがとう、と手を合わせるのを見て、
清太郎が、なんでごめんなさいなの??魚は人間に食べられるのが嬉しいんだよね。
魚は人間に食べられるために生きているんでしょ?
と聞いた。
清太郎は刺身が大好きなのだ。
いや、魚は自分が生きるのを楽しむために生きているんだよ。
人間に食べられるのも、切られるのもすごくイヤに決まってるよ、と答える。
生き物を殺すのはすごく可哀想だし、いけない事だ。
でもお父さんは生きた魚を切って料理している。
それは僕たちがおいしい夕御飯を食べるため。
清太郎はそれが分かっているのだ。
だから、魚は人に食べられるのが嬉しいんだと自分で決めて、心の中でその矛盾を解決していたんだ。
ちょっと考え込んで、
魚は死んで天国に行ったらまたいーっぱい遊べるし、北海爺ちゃん(自分が生まれた年に亡くなった爺ちゃん)にも逢えるもんね、頂きまーすっ!!
と言ってうまそうに食べ始めた。^^
その日、清太郎がめずらしく夜泣きしてあばれた。

人は生き物を殺して食べないと生きてはゆけない。
実はいつも食べている野菜だって同じなんだという事にもいつか気付くだろう。
清太郎はそれをどういう風に受け入れて行くんだろう、、


posted by zaki at 12:04| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 野生化変則日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。